女々しい発明

今週は「女々しい発明」。優れたアイディアであっても「女々しい」とされてしまい、なかなか世に出なかった技術や発明があります。「技術革新の歴史とジェンダー」に言及したスウェーデンのジャーナリストによる目からウロコの良書を取り上げます。「女々しい発明」を理解してから世の中を見回すと、違って見えること請け合い!
ブロムベリひろみ 2021.08.15
誰でも

ストックホルム〈今週のフィーカ話〉

ストックホルムの日本大使館に行く用事があり、久しぶりにこの大好きな街での休暇を楽しみました。ブログにも書きましたが、思ったよりも観光客(それも外国からと思われる人)が多くてびっくり。ただ、いつも混み合う美術館などは入場者数制限のおかげで逆にゆったり観ることができました。

スウェ推しのコーナーでも取り上げますが、国立美術館で目下開催中のスウェーデンの国民的画家、アンデシュ・ソーンの展覧会がとてもよかったです。

足を延ばして<a href="https://nynashavsbad.se/boende-paket/">NynäshamnのNynäs Havsbad</a>でも一泊。電車で1時間ほどで、充実した施設、のんびりした空気

足を延ばしてNynäshamnのNynäs Havsbadでも一泊。電車で1時間ほどで、充実した施設、のんびりした空気

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気候危機問題に戻る〈今週のニュース〉

8月9日にはswelogを書き始めて3周年を迎えました。このブログに加えて、4月から始めたこのニュースレターもいつも読んでいただきありがとうございます。2018年の第1回目のブログ記事も気候危機問題に関するものでしたが、今年の8月9日には国連のIPCCの8年ぶりの報告書が出されたこともあり、今週は気候危機に関するニュースをたくさん目にしました。

この関連で、またストックホルムに話を戻すと、北方民族博物館で開催中の「Arktis - medan isen smärtar (北極ー氷河の解ける間に)」展もとても充実していたので、紹介動画を貼っておきます(スウェーデン語、約4分)。展示は2019年10月に始まりましたが、私もコロナで訪問する機会を逸したままでしたが、今回観ることができてよかったです。展示期間も延長されており、今年一杯くらいは展示が続くようです。

その他のニュースに関しては、簡単にリンクでご紹介します。

swelog weekendではこんな感じで、毎日更新しているブログswelog(スウェログ)のニュース記事を一週間分まとめて、日曜日にニュースレターとしてメールでお送りしています。おもしろそうと思っていただければ、ぜひ下記の「無料購読をする」からご登録ください。

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女々しい発明〈今週のテーマ〉

今週は『存在しない女たち』、『マチズモを削り取れ』などの素晴らしい本にうーん! と唸った方々にぜひご紹介したいスウェーデン発の良書を取り上げます

原題は「世界を創るということ」。スウェーデン語版の本とインタビューに答える著者のカトリーヌ・マルサル

原題は「世界を創るということ」。スウェーデン語版の本とインタビューに答える著者のカトリーヌ・マルサル

優れたアイディアであっても「女々しい」とされてしまい、なかなか世の中で目をださなかった技術や発明があります。それは例えば、1900年代初頭に街角を走っていたけれど、マッチョなガソリン車の躍進で、一旦は世の中から消えていった電気自動車。
えっ、電気自動車ってそんな昔からあったの!?

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この本を読み進めると、世の中って、そんな優先順位でできていたのか、と呆れるやら驚くやら。「世界を創るということ(Att uppfinna världen)」のタイトルで、昨年秋、スウェーデンで出版されたこちらの本の著者は、スウェーデン最大手の日刊紙ダーゲンス・ニュヘテルのロンドン特派員も務めるカトリーン・マルサル。

2012年に出版した「誰がアダム・スミスの夕食を作ったのか?」は20ヶ国語に翻訳されるというスマッシュヒットを放っていた彼女が、最新刊で世に問うたのは「技術革新の歴史とジェンダー問題」です。

(追記・日本語でも翻訳がでました!)

ちなみにアダム・スミスをタイトルにした本の方は 、需要と供給などの経済理論だけが世の中を回しているのでなく、家事労働に象徴されるように世の中を回す別の力をフェミニスト的な視点から言及したスマートな本です。

20ヶ国語に訳されることになったこの本、最初にでた英語版が伸び悩んでいたところ、カナダでこの本を買ったマーガレット・アトウッドがツイッターで言及したところから世界に広がったとマルサルが記事にしています。インフルエンサーのSNSでの影響力、恐るべし! 残念ながら日本語には翻訳されていませんが……

Margaret E. Atwood
@MargaretAtwood
Smart, funny, readable book on #economics #money #women #selfish: Who Cooked Adam Smith's Dinner? Katrine Marçal.
2015/04/14 20:44
43Retweet 54Likes

さて「女々しい発明」本に戻ると、マルサルはこの中でいくつもの興味深い事例をジャーナリスト的な好奇心から突き詰めているのですが、私が物知らずなこともあって、一番驚き、かつ「世の中の流れってこういう風に創られていくのか?」と本当に目からウロコの読書体験だったが「自動車」、もっというなら「電気自動車」に関わる部分でした。

1900年の電気自動車

自動車の黎明期には、電気自動車がガソリン車や蒸気自動車と並行して開発されていたことをご存知ですか? 電気自動車は静かで安全で都市の環境に適していました。一方、ガソリン車はやかましくて油にまみれ、さらに危険なものでした。

20世紀初頭の電気自動車に関しては、例えばこちらの動画でも説明されています。(”We Had Electric Cars in 1900... Then This Happened.” 英語、約14分)

現在においてもそのバッテリーの持ちと価格が電気自動車の課題であるように、当時の電気自動車もこれらの面ででガソリン車に劣っていたというのが、電気自動車が普及しなかった理由だと一般的には考えられていますが、実はジェンダーが電気自動車の普及と開発に大きな影響を与えていた、とマルサルは指摘します。

電気自動車が「女性」のための交通手段として位置づけられる一方で、ガソリン車は男性が騒音の撒き散らしながら命がけで運転する、チャレンジ精神にあふれるものだと考えられていたことを、マルサルは念入りな当時や近年の文献調査から明らかにしていきます。電気自動車は「女々しく」、血が騒ぐような乗り物じゃなかった、というわけです。
(ガソリン車と電気自動車の普及へのジェンダーの影響に関しては、上の動画でも触れられています)

ガソリン車の燃料の問題を解決するために、今あちらこちらにガソリンスタンドがあるように、もしも、20世紀初頭から電気自動車やその普及のための街中でのバッテリー交換システムの開発を続けていたら、今頃、世界はどんな感じだったのでしょうか? そんな頭の体操にマルサルは私たちを誘います。

20世紀初頭、電気自動車は個人が所有するものではなくシェアして使うものとして位置づけられていたということもこの本で知り、ああ、電気自動車は時代の先を行き過ぎていたのか? とため息が。残念に思えてなりません。

女々しくて世に出なかったキャスター付きスーツケース

マルサルが取り上げるもうひとつの面白い例は、今私たちが普通に使っているキャスター付きスーツケースに関するものです。車輪が発明されたのは5000年前。戦車だって、馬車だって、自転車だって、みんな車輪がついているのに、キャスター付きスーツケースが特許と共に登場したのはぐっと遅くて1972年。でも当時はまったく売れませんでした。キャスター付きスーツケースが主流になる兆しは、実に1990年近くまで待たなくてはならなかった。

お、この写真には初期の頃の横置きのキャスター付きスーツケースが1つ混じってます。懐かしいな。

お、この写真には初期の頃の横置きのキャスター付きスーツケースが1つ混じってます。懐かしいな。

この素晴らしい商品の普及を妨げたのが「男なら荷物は引きずったりしないで、持って運ぶべし」という凝り固まったジェンダー認識だったとマルサルは説明します。キャスター付きのスーツケースが優れた製品であることを理解できなかったのは、例えば1970年代においてもまだ女性が一人で旅行することは一般的ではなく、また駅からポーターが消えゆく中で、荷物は男性がマッチョな力を使って運ぶものと考えられていたことと関係があるというのです。

女性向けで「女々しい発明」だとされ、世の中にでてきていない発明はもしかしたら今でもたくさんあるのかもしれません。

私が機会のある度に槍玉にあげている電動キックボードを利用するのは、今は圧倒的に若い男性で、ビュンビュン飛ばして走ってきます。ですが、これ、スピードがでないようにもっと女々しくつくると(倒れないように補助輪とか、落ちたりしないように柵とかつけると女々しさ倍増か?)実は高齢者にも簡単に使える手軽で優れた乗り物になったりしないのでしょうか?

女性がプログラマーだった頃、プログラマーの給与は安かった

本はこの他にも、ニール・アームストロングの宇宙服のためにNASAに採用される技術を唯一提供できたのは、下着メーカーで難しいブラジャーの裁縫を担当していたお針子だったという話など、技術の歴史の裏側に隠れてしまった女性による技術革新の例も豊富に取り上げています。

「プログラミングはもともと女性の職業だった」という話も「へっ、ほんまかいな!」でした。女性は最初のプログラマーであっただけでなく、最初のコンピュータでもありました。なぜなら、コンピューターができる前は、女性が計算をしていたからです。女性は安い労働力であり、このような仕事をするのに適していると考えられていたそうです。

この後1980年代に入ると、社会のコンピュータ化が本格化しプログラミングという仕事がステータスを得て教育を必要とする職業になり、女性はその場からすっかり消えてしまいます。

男性の道具だけが道具なのか?

女性の消費者のことを考えることができない男性優位の産業、すべてのデータが男性に基づいて設計されている男性のために作られた製品、そして、私たちが築いてきた金融のシステム。現在、スウェーデンのベンチャーキャピタルの99%は、男性が創業した企業に投資されています。

マルサルが指摘しているのは、今の社会の技術革新のあり方がいかに男性と女性という、凝り固まった概念に基づいているかです。そして、悪いことにこの傾向は今も続いています。未だに女性はアイデアに資金を得ることが難しい。社会に根強く残るジェンダー認識が、今後の発展に欠かせない発明やイノベーションにこれからも影響を与え続けていくのでしょうか? 

少なくともジェンダー視点を持って技術開発の行方を追っていくことは、私たちの将来に関わるとても大切なポイントだと思います。

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(投資マネーのジェンダー不均衡については、これまでに配信したニュースレターでも度々取り上げています。購読していただいている方は過去の配信分は受け取っていただいたメール以外に、ウェブ上でも読めるのでリンクを貼っておきます)

AIや機械学習がとって変わろうとも

カトリーン・マルサルは本の終盤で、AI化、機械学習の進化でこれまで人間がやってきた仕事がどんどん機械にとって変わられていくことにも触れています。

これまで技術は、人間のできることを部分、部分に切り分けていき、それをどんどん他の機械などに置き換えて、再構成することで人に近い能力を持つことを目指してきた、と。しかしそれをいくら突き詰めても、最後まで人間にしかできない仕事として残るのは、今女性が従事することの多い、あらゆる種類のケアーテイカーのような仕事ではないかといいます。

そして、そうなるとプログラマーの辿ってきた道と同様、介護の仕事なども近い将来には主に教育のある男性が行う仕事になり、給与も上がっていくのではないかという可能性にも言及しています。

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この刺激的な「女々しい発明」本は、この夏にイギリスで英語版が出て、秋にはアメリカでも発売されることも決まっています。

スウェーデン語の原作本の出版社にきいてみたところ、日本での出版はまだ決まっていないということでしたが、これを読んでくださっている日本の出版業界のみなさま! 日本語版の早期発売を楽しみに待っております。ぜひ!

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アンデシュ・ソーン〈今週のスウェ推し〉

「スウェーデンのスーパースター、ソーン」というコピーのついた展覧会のポスターを街でよく見ました

「スウェーデンのスーパースター、ソーン」というコピーのついた展覧会のポスターを街でよく見ました

アンデシュ・ソーンという画家の名前は、スウェーデンに来るまで聞いたこともなかったのですが、この国では国民的画家という扱い。同じ扱いで日本でももっとよく知られているカール・ラーションの絵は様々な機会に目にしますが、ソーンの絵は国立美術館に「これぞスウェーデンを象徴する絵!」として飾られている夏至祭の絵くらいしか知りませんでした。

これです!

これです!

そんなアンデシュ・ソーン(1860-1920)の生涯に渡る優れた作品を集めた、力のこもった展覧会が、ストックホルムの国立美術館で開催されています。

本来ならソーンの逝去から100年を記念して去年開催される予定だったこちらの展覧会、コロナ禍で延期され今年の4月にやっと公開されました。ダーラナ地方のビール醸造所の女工の息子であるアンデシュ・ソーンがたどった時代、芸術、国々、人々、階級をめぐる壮大な旅を(コロナのおかげで?)ゆったりと鑑賞することができました。

初期の水彩画にもすばらしいものがいくつもありましたが、レンブラントを崇めていたというソーンが、彼の大きな収入源でもあった、多くの肖像画でみせる光の扱い方には唸るばかりです。上流階級の出身で、身分の異なる愛するアンデシュのために、まるで「アンデシュ・ソーン商会」を経営するように、彼を数々のパトロンや肖像画の顧客へとつなぐことに尽力し、ハンドインハンドで人生を歩んだ彼の妻、エッマに関する展示も興味深い。

残念ながら今回の展覧会は、8月28日で終了してしまうようですが、また巡回展などの計画が浮上したりしないのだろうかと願います。ちょっと簡単にストックホルムまで行けない方は、スウェーデン語がOKならこちらの国立美術館による動画(約12分)を、または、自分のスマホで聴くことのできる国立美術館のオーディオガイドアプリは、絵を見ながら英語でも解説が聞けますので、行くことのできない展覧会の新しい楽しみ方としてどうぞご活用ください。無料のオーディオガイドアプリのダウンロードはこちらから

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では、また来週〜 👋

読んで面白かったと思っていただければ、こんな話に興味がありそうな方にもswelog weekendをぜひご紹介ください。感想やご意見はこちらのメールに返信していただくことでも、私にダイレクトに届きますので、ぜひこの返信機能もお使いください。

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